本文へ移動

つぶやき

照于一隅 此則国宝(一隅を照らす、此れ則ち国宝なり) (番外編)
2025-07-29
個人的なことですが、昨日、初めて天台宗の法事に参列しました。
お寺に入り、すぐ目に留まった「照于一隅」

常信寺の和尚様が「照于一隅 此則国宝(一隅を照らす、此れ則ち国宝なり)」の法話をしてくださいました。
意味は去年ののホームページに書いています。

加えて、
一人一人が利他の精神で、人のために尽くすことが大事。
お釈迦様はみんな仏さまになることができる、と言われている。
仏さまに手を合わせることが仏さまのためになり、また手を合わせることが自分の功徳を積むことにもなる。
みんな仏さまになる要素を備えているのだから、その力を引き出すよう功徳を積み、感謝をしましょう、というようなお話だと思いました。


(参考)
「国宝とは何物ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を名づけて国宝と為す」
道心(どうしん)とは道を修めようとする心、仏教においては仏道を究めようとする心です。この道心をもって生活することができる人が国の宝であると示されています。
例えば、自分の仕事を自己に与えられた天命と心得て、打ち込む人こそ道心の持ち主でしょう。どんな仕事でも、このような人は限りない喜びを仕事の中に見いだし、生き甲斐を仕事の中に感じることができるに違いありません。「自分という人間はいかにあるべきか」を追究し、自己の理想や目標を定め、その実現に向かって努力すること、そのような人生の道を歩む心といえるでしょう。
このような人が国中に充満すれば、国は栄え、社会は浄化され、物も心も豊かになる世界が実現します。したがって、伝教大師の御心は、一個人の完成のみならず、道心ある人々を育成し、国全体、ひいては世界中に及ぶことを願っているのです。

お庭もとても綺麗でした。
ずっと昔、大洲の如法寺に伺った時、「お庭が広くて、綺麗でいいですね」と私が言うと、和尚様が「このお庭も今預かっているだけで、自分のものではないからこそ、手入れをしている」と言われました。

私たちが生きるこの日本も、この大洲・喜多地区も、私たちが今住んでいるから私たちだけのものではなく、(移住先であっても)先達から受け継ぎ、未来へと渡すべき預かりものと考えれば、廃れさせるわけにはいかないと思うのです。
今さえ事無く過ぎればいいとは思えません。

ところで、こちらの和尚様は音楽家でもあり、オーボエを演奏なさいます。平常心を保つためにもYouTubeの和尚様のオーボエ演奏を聴くことにしました。(し)


特定医療法人 弘友会
老人保健施設フレンド
〒795-0064
愛媛県大洲市東大洲39

TEL.0893-23-5100

TOPへ戻る